(Sandy) Alex G / House Of Sugar

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今や当たり前過ぎて言及される事も殆ど無い宅録という言葉を久々に思い出す。
最早自宅どころかMadlibやSteve LacyのようにiPadスマートフォンで楽曲が制作される時代に於けるその宅録感とはつまり、メソッド云々というよりもその音楽の醸出する孤独でパーソナルな感覚とほぼイコールであるという意味で、1つの楽曲を幾人ものプロデューサーがシェアして作り上げる現代のメジャーなR&B /ヒップホップとは真逆のプロダクションだと言えるかも知れない。

先ずM1冒頭の奇妙な歌声の不明瞭なヴォーカルで想起したのはWhy?だが、M2以降のプレーンな歌声、或いはM3のメロディ・センスはSean Lennonを彷彿とさせる。
(時折聴かれる女声のようなコーラスは恐らく自身の声を変調させたものだろう。)
或いはアコースティック・ギターをファズ・ギターの如く掻き鳴らしシューゲイズ風に仕立てたナンバーは、My Bloody Valentineの強いを影響受けたAdam Pierceの初期作品集をフラッシュバックさせる。

マイナー・セブンス系のセンチメンタルなギター・コードをコンポジションの基盤にして、矢継ぎ早に繰り出されるグッド・メロディの数々はダイレクトに胸に突き刺さる。
良く言えばタイムレスで悪く言えば退行的だが、90’s育ちには否定し難い魅力を備えているのも確かで、古い友人達に聴かせたくなるような音楽である。

基本はインディ・ロックの範疇にあるが、M7のようにエレクトロニカの影響が明白なインストもあり、かと言ってAutechreみたいなグリッチではなく、ドラムマシンのシンプルで重いキックドラムは懐かしいSuzukiskiなんかを思わせる。
何が凄いという事も無いが、朴訥さが寧ろ好ましく感じられるという点はGold Pandaにも通じるもので、その手を延ばせば届くような、日常から発せられているようなフレンドリーさが今となっては稀有なものであるようにも感じられる。