Tirzah / Colourgrade

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本作の特徴を一言で表すなら、異常な音響という事に尽きる。
これ程音色ではなく音響自体に戦慄に近い興奮を覚えたのは、James Blake「Sparing The Horse」の倍音が増幅してゆくようなシンセ・サウンドを聴いた時以来かも知れない。
但しTirzahの場合、その特異な音響が前景化する事は決して無くもっと捻くれている。
例えばM3で、歌とは全く関連無く絶えず挿入され続ける人声を加工したものと思しき装飾音は、その音量の不定期さもさる事ながら、鳴っている位相が異常で、若干チープなスピーカーで流していた際には本当に窓外で犬が鳴いているものだと勘違いしてしまった程だ。

用いられているのはヴォコーダーや、まるで大野松雄テルミンのようなレトロな電子音ばかりで、決して最新のテクノロジーに依存している感じはしない(尤もそのような新たなテクノロジーはもう20年くらい出現していない印象があるが)し、3次元的とでも言えば良いのか、立体的だがしかし決して単なるリアリティの追求ではない音の配置が実に斬新で面白い(大体音色からしシュールレアリスティックではあるし)。

基本はエレクトロニクス主体のストレンジなトリップホップといった趣で、特にM2等はInga Copelandに通じる。 
ホワイト・ノイズとスネアのみのドラムがやる気無さそうに2/4のビートを刻む上で、サステインで歪んだエレクトリック・ギターが無感情に展開するM6や、フランジャーが掛かったクリア・トーンのギターに歌を載せただけのM7等にはローファイ感覚もあり、M4に参加しているDean Bluntと共振するところもある。

要するにFKA TwigsやKelelaよりは余程Hype Williamsに近いという意味で真のオルタナティヴ・ミュージックだと言える。
とは言えただエキセントリックなだけではなく、M5の背景で鳴るくぐもった倍音の多いシンセ・シーケンス等は不思議とそこはかとない叙情性を湛えており、実験性とポップネスのバランスに於いて2021年随一の好盤だと言って良いだろう。