Spiritualized / Everything Was Beautiful

ローファイと言えば聞こえは良いが、何処か弛緩した印象のあった前作に較べて格段に音の厚みが増し、冗長さは雲散霧消してSpiritualized本来の、冗談みたいな壮大さやユーフォリアが復活している。
これが逆説的な意味でも何でもなくCOVID-16パンデミックにインスパイアされた結果だというのだから、何と底意地の悪い男だろうか。
と言っても別にウィルスやパンデミック自体を讃美している訳ではなく、タイトルからも類推出来るように人間の気配が一切消え失せた光景の美しさに啓示を受けたという事のようで、如何にも厭人的なJason Pierceらしいエピソードではある。

展開こそミニマルだと言って良いが、引算の美学等何処吹く風といった調子で只管に音が積み重ねられて行く。
宛ら歌舞伎役者張りの過剰に厚塗りされた音像が、瓦解寸前のテンションで発狂するようなM6の終盤等からは思わず渋さ知らずオーケストラを連想してしまう程で、やはりこの男はパンデミックの捉え方が人と違うのだと実感させられる。

とは言えまぁここまでならば前作と大きく変わりは無いが、何はともあれ本作は本当に曲が良い。
M3はR.E.M.「Everybody Hurts」みたい、という感想自体は全く変わり映えしないけれど、大半の楽曲は冗長で退屈だった前作と較べて粒揃いで、最初から最後までまるで中弛みが無い。
これと言ったブリッジは無く、基本ヴァースとコーラスを繰り返すソング・ライティング自体に大差があるとは思えないが、特に歌以外のメロディ要素 ー M1のベース・ラインと後半のリード・ギター、M2を始めとした駆動力のあるブラス、M3の霊妙なオルガンやM4のスライド・ギターにM5のハーモニカ等 ー が段違いに雄弁になった印象を受ける。

唯一気になるのはラストを飾るM7「I’m Coming Home Again」で、それまでユーフォリックでポジティヴィティに溢れていた(と言っても随分歪んだポジティヴィティだが)曲調が、一気に何処か沈鬱で悲壮感漂うムードに転じている。
普通「Home」と言えば安息や幸福のメタファーである事が多いと思うのだが、この曲でのJason Pierceの足取りは重く表情は曇っていて、それ程までに家に帰るのが嫌なのかと突っ込みの一つも入れたくなる。
或いは「Home」を「日常」や、はたまた「現実」と置き換えて考えてみると、我ながらしつこいとは思うものの、パンデミックから急速(半ば強引)に「日常への移行」を果たしたイングランドに対する憂いや憤りが表現されているのかも知れないなと思ったりもする。