Steve Lacy / Gemini Rights

デモテープのように簡素だった「Apollo XXI」よりも多少音色が豊かで賑やかになり、引き出しが増えたような印象がある。
従来のギターに加えてピアノが中心的な役割を担う場面も増えており、ボサノヴァ調のM3等ではホーン・セクションも鮮やかな存在感を放っている。
同時代のオルタナ/インディR&Bに較べてシンセへの依存度が低いのがSteve Lacyの一つの特徴だったが、本作ではその存在感も増しており、特にM7のコズミックで幽玄なイメージを喚起するシンセは新機軸だと言えるかも知れない。

それでもやはり基盤は朴訥としたギターのコード・ストロークである楽曲が大半で、それ故にハンドメイド感が漂うという意味でのインディ臭は相変わらず。
但しアレンジや曲の展開の面では心無しか前作よりも丁寧に作り込まれた印象があり、1曲はやや長尺になっている。
前作の楽曲は1曲の例外を除いて1ヴァース・1コーラスを繰り返してあっさりと終わる印象だったが、後半にヴォイス・パーカッション風のビートが挿入されるM5等を始めとして、途中でがらりと曲調を変化させる楽曲が増えた印象がある。
大きな飛躍こそ無いが、着実に自身のソング・ライティングのメソッドを進展させている様子が窺える。

Steve Lacyのヴォーカルはファルセットこそ多用するものの、ソウル/R&Bにカテゴライズされる音楽にしてはプレーンで、決して下手とか悪い意味で使うのではないが、何処かカラオケ感と言うか、平たく言うと素人っぽさを漂わせていて、その点がインディ臭の一つの源泉になっているのかも知れない。

例えばMiguelなんかのように、必要以上にスキルを顕示して過剰にヴィブラートを効かせた暑苦しいものよりは寧ろ好感が持てるが、歌自体に聴きどころが無いのも確か。
但しその分M9では、Sydよりも少しフェミニンではあるが同じように憂いを帯びたブルージーで心地良いFousheéの歌声が魅力的なフックになっている。
Steve Lacyでも良いが、強力なプロデューサーのバックアップが受けられたりすると、この先が楽しみなシンガーかも知れない。