Autechre / Sign

f:id:mr870k:20201130224935j:plain

純然たるアンビエント/ドローン作品とは呼べないまでも、リズム/ビートに力点が置かれていないのは確かで、M2やM4等のノンビートには確かにOPNに接近するような感覚がある。
勿論、本人達に確かめたところで冷徹に、完膚無きまで否定されるのがオチであろうが、キックやスネアを伴うという意味での明確なビートを有したトラックとビートレスのトラックがほぼ交互に配されている点からも、何らかの意図の介在は明らかなように思われる。

その印象の多くは、美しいとさえ表現したくなる和音/ハーモニーに依っており、変拍子や不協和音といったAutechreサウンドを特徴付けてきた要素が相対的に抑制される事で強化されている感があるが、一定のリズムやメロディ回帰は2000年代後半からのAutechre作品の傾向に沿ったものでもあり、ドラスティックなシフトチェンジを感じさせるものではなく、敢えてマイナーチェンジと言っても良い。

ことポップ・ミュージックに於いては、変化に乏しい事が兎角ネガティヴな意味を持ちがちだが、勿論ここでマイナーチェンジという言葉を用いたのにそのような意図は無い。
「Amber」と「Confield」の間に乖離があるのは確かだが、それは徐々に変容を繰り返していった帰結であって、寧ろこれまでにAutechreがドラスティックに変化したタイミング等一度も無かったのではないだろうか。

Autechreの変遷とは、時の経過と共に当然に生じる制作環境や嗜好、或いはもっと単純に過去の制作方法、プロセスに対する倦怠といった言わば乱数的なパラメーターの変化によって齎されてきたもので、変数としてのコンセプトの設定が先に来ることは決してない。
その変容の在り方は正にAutechreサウンドそのものと全く同じように流動的で、徹底した美学が一貫されているという事が良く解る。

Childish Gambino / 3.15.20

f:id:mr870k:20201121223202j:plain

真っ白なジャケット(フィジカルのリリースが無いのでこう呼ぶのが正しいのか判らないが)に各トラックの開始時間を配した素っ気無い曲タイトル(Global Communication「76:14」へのオマージュ?、なんていう事は先ず無いだろうが)、リヴァーブによる変調された声の反響とピアノで構成されたアンビエント/ドローン調の勿体付けたイントロといった、如何にもコンセプチュアル佇まいに加えて、M2やM7のノイジーでインダストリアルな音像や、随所に散りばめられたゴスペル的な要素やオートチューンが、Kayne West「Yeezus」を彷彿とさせる。

重いキックは確かにヒップホップのそれだが、ラップらしいラップは少なく、寧ろStevie WonderからD’Angeloに至るまでのソウル、R&Bの系譜に連なる印象を強く受けるという点で、ラップの快楽度では比ぶべくもないが、Anderson .Paakに通じるものがある。
(M5のブギー・ファンク風やM12の熱量漲るソウル・チューンは特に。)

アナログ・シンセがスムース・ソウル風のM4にはTyler, The Creator「Scum Fuck Flower Boy」「 Igor」と共振する感覚があるし、Kadhja Bonetのヴォーカルが現れる同曲の後半ではSolangeにも通じるアンビエンスが立ち上がる。
M3やM6のコーラスの効いたギターがMiguelを思い起こさせたりもして、要するにChildish Gambinoもまた2010’s以降に巻き起こった、R&Bとヒップホップの境界線を無効化するような動きを体現する重要なアーティストの一人である事が良く解る。

サウンドに特段の目新しさは無いし地味と言えば地味だが、佳曲は多く充実作と言って良い内容であるのは確かで、その割に前作と較べると今一つメディアのリアクションは乏しい気がする。
単に簡素なプロモーションのせいだと思いたいが、ついついBLM関連で話題を呼んだ「This Is America」の影響なのではないかといった良からぬ妄想が頭を擡げてしまう。

Paul Weller / On Sunset

f:id:mr870k:20201115002848j:plain

Paul Wellerの新作を聴くのは「Stanley Road」以来25年振りの事で、その間どのようなキャリアの変遷があったかは全く知らないが、総じて「Wild Wood」の直線上にあるサウンドで、意外な程に当時のイメージとの乖離は少ない。
とは言え年相応に従来のブルー・アイド・ソウル的要素に加えて、フォークは想定内としても、M7のラグタイム風やFrank Sinatraの名前が浮かぶようなM10のオーケストラル・ポップまである。

正直余り期待していなかったにも拘わらず思いの外気に入ったのは、オプティミスティックなメロディに依るところが大きく、不躾な言い方ではあるがやはり年寄は大らかでリラックスしている程魅力的だと思う。
音楽性には大分乖離があるものの、受ける印象としてはKevin Ayersの「The Unfairground」やBonnie Prince Billyの近作に近い。

ただ単に老け込んだだけではなく、アーシーなソウル/ロックに加えて、アルバム全体にシンセやSE、エコー処理等のエレクトロニックな要素の存在感がある。
コズミック・ディスコ風のM11が最たる例だが、M9を始めとしてシンセ・シーケンス等のエレクトロニクスが、ストリングスやホーン、コーラスといった要素と同列に取り分け浮き立つ事もなく(普通はダサくなりそうなところだが)自然に溶け込んでいる。

効果的かどうかはともかくとして、少なくともそれらのエレクトロニクスは全く気にならないし、まるで若作りにも感じない。
あのDavid Bowieでさえ、穿った見方をすればエレクトロニックな要素を若作りの道具にしているように見えなくもなかった事を考えると、そのスタイリッシュさには驚くべきものがある。

Jessy Lanza / All The Time

f:id:mr870k:20201110222809j:plain

Janet Jacksonを彷彿とさせる声は、Kelelaのクールネスを薄めて甘美さを加えて少しチャーミングにした感じとでも言ったら良いだろうか。
サウンド面でもエレクトロニクス主体で、リズムのフックが豊富なR&Bという面でKelelaと通じる部分が多いが、Kelelaのラグジュアリーでミステリアスなイメージに対してJessy Lanzaのそれはもっとカジュアルで、それはジャケットにも巧く表象されている。

ArcaやJam City、Bok Bokといった名だたるプロデューサーがトラックを手掛けた「Take Me Apart」に較べ、Jessy LanzaとJunior Boysのメンバーの共作によるビート・プロダクションはシンプルでスペースが多く、その分ちょっとした装飾音やベースラインが魅力的なフックになっている。
どのトラックもシンセ・ベースが基調を担っていて、YMOの影響下にあるというのも良く解る。

トラック単位ではどれも頗る格好良く、ビートを構成する音色も豊潤で、特にベース・ライン、ハイハット、ウッドブロック、カウベルや変調されたヴォーカル・チョップといったマテリアルが奔放且つ躁的に絡み合うM3のロボット・ファンク(聴きようによってはジューク/フットワーク)的スクエアなリズムのバウンシーなビートは白眉。 

あれ程アッパーではないし、適度に抑制が効いてチージーさを回避しているが、M2のガラージ風なんかはCharli XCXと真っ向勝負が出来そうなほどポップで、目指したというキャッチーさは申し分ないが、解り易さを重視した結果なのか、歌唱のメロディもムードも金太郎飴的と言うか、ややアイデア不足な感は否めず、上物や歌に意識を集中してしまうと若干退屈に感じるのも確か。
ジャンルは重要ではないにせよ、エレクトロニック・ミュージックとしては充分に魅力的だが、R&Bとして聴くには些か致命的にも思える。

The Strokes / The New Abnormal

f:id:mr870k:20201102234245j:plain

The Strokesのファンだった事は一度もないし、寧ろ随分長い間疎ましいとさえ思っていたが、漸くここ数年できちんと「Is This It」を評価出来るようになった。
「Is This It」以降の作品は未聴だが、The Strokesのファンが長年に渡って失望を繰り返してきたというのは何となく知っていて、第三者の目には7年振りという本作は2010年代以降最も歓迎されているように映る。

リズム・ボックスのチープなビートで始まるM1のリニアで空間の多いサウンドに「Is This It」の面影を見る人が多いのは良く解るし、Julian Casablancasの相変わらず気怠いヴォーカルもそれなりに魅力的ではある。
ただイメージしていたよりもファルセットが多く、「Is This It」をエキサイティングなものにしていた腹の奥底から絞り出すような凄味の利いた歌唱は殆ど聴かれない。

ギターはコード・ストロークが増えた印象で、Television直系の隙間が多いサウンドがかなり普通の、もっと率直に言えば凡庸なものに変容している。
(どうでも良いが良く考えると随分皮肉なバンド名だ。)
下手にディストーションが使われていない分未だましとも言えるが。

音像全般に如何にもRick Rubinらしい人工的なダイナミクスが横溢しており、事ある毎に同じくRick RubinプロデュースのWeezer「Hurley」を連想させる。
あれ程大味ではないしても、特にJulian CasablancasのヴォーカルがRivers Cuomoそっくりに聴こえて仕方ない(M3のディスコ調なんて特に)。
本作が殊更に酷い出来だとは思わないが、しかし面白いともまるで思えず、やはりファーストはマジックだったとしか思えないという点でもWeezerと被る。

Jessie Ware / What's Your Pleasure?

f:id:mr870k:20201029212042j:plain

アルバムの少なくとも前半5曲はキラー・チューン。
M1、M5は豪奢なストリングスやコーラスがバレアリックな雰囲気を醸し出すオーケストラルなガラージ/ハウス。
M2はBlondieみたいだし、パーカッシヴなM3はレトロを狙った感じのコーラスが少しTom Tom Clubを彷彿とさせ、要するに強烈にディスコ/ニューウェイヴ臭を放っている。

M4のエレクトロ・ファンクには同時にブロークン・ビーツっぽさもあり、例によってSbtrktが関わっているのだろうと思ったら、全編に渡りプロデューサーを務めているのがSimian Mobile Discoのメンバーというのは少し意外ではあったが、改めて本作を特徴付けているエレクトロのシンセ・ベースを聴いて妙に納得するところもあった。

中盤は(と言ってもM6とM7の2曲くらいだが)ややレイドバック/トーンダウンするが、再びストリングスやブラス・セクションが躍動するM8、ファンク/ディスコ調のシンセ・ベースとギター・カッティングがファンキーなM9のエレクトロ・ファンクで盛り返し、ラストは流麗なフィリー・ソウル風で大団円を迎える。

フューチャー・ガラージの歌姫から、現代のDonna Summerへと華麗なる変貌を遂げ、ジャケットの太眉も何ともディスコ・クイーンのそれっぽい。
戦略的にレトロを標榜したのは間違いないが、最早如何なる時代もフラットでリヴァイヴァルが成立し得ない現代に於いてその点は評価にも悪評にも繋がらないが、そんな事を抜きにしても充分に魅力的な一枚であるのは間違いない。

EOB / Earth

f:id:mr870k:20201027214203j:plain

如何にもなジャケットから勝手にエレクトロニック・ミュージックを想像していただけに余りのRadiohead振りに拍子抜けした。
(勿論「Radiohead的」なるものが多様化し過ぎた結果ではあるだろうけれども。)
Thom Yorkeが歌えばそのままRadioheadになりそうな楽曲の数々からは、逆説的にEd O’Brienのバンドへの貢献が良く解る。
と同時にRadiohead程メンバー間の役割分担が良く判らないのも稀有で、本当に民主的なバンドなのだなと思い入る。

フォーキーな序盤から一転、中盤からイーヴン・キックのビートが牽引するM2等、エレクトロニクスは皆無というでは訳ないもの、Thom Yorkeのソロと較べるとダンス・ミュージックの要素は希薄で、反復は重要な要素ではあるが寧ろクラウトロック的とも言え、Radioheadで言えば「Hail To The Thief」や「In Rainbows」に近いだろうか。

ヴォーカルの発声からもThom Yorkeの影響を感じる(時折Anthony Kiedisみたいに聴こえる事もある)が、声自体は至ってプレーンで、改めてRadioheadサウンドを特別なものにしている要素の内の、Thom Yorkeの歌声が占める比重の高さを思い知らされる。
と言うとまるで本作がスペシャルではないと宣言しているよう(事実そう)だが、フロントマン以外によるソロ作品としては及第点以上の出来だとも思う。

M1等では今やRadioheadではすっかり聴けなくなったディストーション・ギターも登場するが、「The Bends」以前のそれとは異なり妙な軽さが印象的で、必ずしもバンドをなぞるばかりとも言えない。
グルーヴィなベースとドラムが牽引するM8は部分的には「The National Anthem」なんかを彷彿とさせなくもないが、一方でThe Stone Roses(の2枚目)や(単なるイメージだが)The Chemical Brothersを連想させたりもして少しむず痒い、が故に強烈なフックにもなっている。