石橋 英子 / Carapace



以前からそうだが特に最近のJim O'Rourke関連作には本当に外れが無い。
本人名義の「The Visitor」やBurt Bacharachのトリビュート
エンジニアとして参加したJoanna Newsomの近作に共通する
細やかで豊潤なアレンジメントは
本作では石橋英子による単一の感情にフォーカスする事を嫌うような
多面的なソング・ライティングを一層魅力的にしている。


各音が驚く程の空間的な距離感を保って鳴る奥行の広い立体的なミキシングには
まるで目前で演奏されているかのような臨場感があり
それは敢えて音の境界を暈して混濁させる
昨今のアメリカのインディ・ロックの平面的なサイケデリアとは実に対照的でもある。


USインディのトレンドとの対立は山本精一Phewの近作にも感じた印象であったが
それらの作品が生々しく飾り気の無いプロダクションによって
臨場感を創出していたのに対し
Jim O'Rourkeのそれはまるで正反対の
緻密で計算され尽くしたサウンド・コントロールの下に成立していて
現実にはこれ程明瞭な音像を生では体験し得ないという意味において
「捏造されたリアリティ」と呼べそうなものだ。


いずれにしても本作や山本精一Phewの近作が
グローファイ/チルウェイヴに対するアンチテーゼである
などという結論は如何にも安易で
些かロマンティック過ぎて気が引けると思っていたら
突然「止まれ残響〜」と歌う石橋英子の声が耳に飛び込んできて吃驚した。
まぁ偶然だろうけど…。