Jenny Hval / Iris Silver Mist

ジャズの要素が特徴になっていた「Classic Objects」に較べてエレクトロニクス、特にシンセの存在感が復活している。
但しビートは引き続き生ドラム中心で、丁度「The Practice Of Love」と「Classic Objects」の中間辺りのアーティなシンセ・ポップ、ないしはエレクトロニスで味付けされたアート・ポップで正にKate Bush直系といった感じ。

ダンス・ミュージックの要素は希薄だが、M8から徐々にドラム・ビートがビルドアップして、続くM9後半でイーヴン・キックに遷移してピークに到達する部分や、スネアこそ1/4で抑制的ではあるもののM11のエレクトロニックなビートでは、Lost Girlsで見せたストレンジなハウス/ディスコ路線の才能も顔を覗かせる。

とは言え流石はJenny Hval、単に集大成的にバランスを取っただけの作品にはなっていない。
特に目立つのがフィールド・レコーディング/具象音の導入で、例えば飛行機の音や鳥の囀りが余りに鮮明な音響で耳に飛び込んできて、まるで現実に鳴っているかのような錯覚を起こす。
つまり楽曲のストラクチャやテクスチャからは切り離されているが故に鮮やかな異物感を齎している。

部分的には控え目に言ってもフックだらけなのに、ソング・ストラクチャが普通じゃないせいか、何度聴いても楽曲の全体像も勿論アルバムの全体像も一向に掴めない。
例えるなら明らかに道に迷っていて確かに微かな不安感があるのに、決して不快感は無く不思議と心地良い、といったようなシュールレアリスティックな感覚で、今回もまたストレンジ・ポップのマエストロとしての手腕が遺憾無く発揮されている。