Julia Holter / Something In The Room She Moves

前作「Aviary」でアヴァンギャルドに大きく舵を切ったJulia Holter
その手綱が緩んだという訳では全くないが、本作では不協和音やノイズといった表面的にラディカルな要素は減って、何処となくKaitlyn Aurelia Smithにも通じる柔和なニュアンスのストレンジ・ポップが展開されている。

それでも依然としてある種の難解な印象は残っていて、それは徹底して流動的なソング・ストラクチャに起因しているように感じられる。
特に何度聴いてもメロディが一向に記憶に定着しないような歌の在り方はBjörk「Utopia」「Fossora」を連想させるが、完全にモーダルという訳でもなく、瞬間瞬間で印象的なメロディがあり、且つそれがしっかりと反復している場面もある。

声楽によるポスト・クラシカルといった趣きのM5は傍に置いておくとしても、何故こんなにアンチ・ポップに響くのか不思議でならない。
人がポップに感じるポイントを用意周到に回避しているような印象で、周囲の音のリズムと歌の音節の関係に鍵がありそうな気はするが、実際のところは上手く説明が付かない。
是非一度Julia Holterの作曲の授業を受けてみたいものだ。

歌でありながら同時に声という音でもあるというその在り方は、Julia Holterディスコグラフィの中では最も「Ekstasis」に近いように感じられるが、声以外の要素は引き続きチェンバーな器楽音が中心である事を考えると、「Loud City Song」「Have You In My Wilderness」におけるポップの冒険と「Aviary」でのアヴァンギャルドへのゆり戻しを経てビルド・アップした姿で出発地点に戻ってきたという意味で、Julia Holterの完成形と呼べる作品かも知れない。
そのような観点を念頭に聴くと、M7等はアンビエント/ドローンと呼べるスタイルに立ち返っているようにも感じられて興味深い。