Dean Blunt / Black Metal

Dean BluntのソロがHyperdubではなく、よりによってRough Tradeからリリースされたのは意外だったが、よもやこれほどHyperdubに相応しからぬサウンドが展開されていようとは。
極々有り触れたギター、ドラムにベースと然して巧くもない(どちらかと言うと下手な)ヴォーカルで構成された歌モノからは、嘗てのトリックスターのイメージは薄れ、新たにシンガー・ソングライターに生まれ変わったDean Bluntの姿が立ち上がってくるよう。
そしてそれは確かにジャケット宛らに真っ直ぐ音楽と対峙していたInga Copelandの近作に通じる感覚がある。

とは言え時折登場する気怠い女声ヴォーカルはInga Copelandの影を追っているようでもあるし、深いエコーやリヴァーブに無理矢理Hype Williamsの姿を見て取れなくもない。
歌モノと言ってもヴァース、コーラスといった明確な展開を持たず、短いコード進行を反復するのみで、その退屈さを悪意の表象として理解するのは、流石に穿ち過ぎだろうか。

何とも腑に落ちない思考と居心地の悪さを抱えたままアルバムを聴き進めると、中盤から些か様相が変化する。
シンセやドラムマシン主体のループと、その退屈さを切り裂くように挿入される電子ノイズは従来のイメージに近いが、そこにギターやピアノ、サックス等の器楽音が重なるM7は、その尺の長さも含めて90's後半〜00's初頭のポストロックを想起させる(声の質感も相俟って特にTarwaterを思い出す)。
但しここでの反復や継続、時間の延長はトランシーな熱狂を齎す事も無ければ、全く異なる着地点への飛翔を目指す訳でもない。
半ば機能性を放棄したような反復や継続は、Untold「Black Light Spiral」に於けるノイズの存在と共振するようでもある。

ポストロック的なノイズ/エレクトロニクスと器楽音のその反復や継続が後半のテーマかと思いきや、その後M9では「Punk」という名のアンニュイなダブ、M10ではミュージック・コンクレートと言うか、エレクトロ・アコースティック風が続き、その焦点はどこまで行っても定まらず、その上M12のリズミックなビートやM13の荘厳なゴシック・アンビエンスはポップですらあり、最終的には煙に巻かれたような感覚が残るのみ。
アヴァンギャルドを志向しても、ポップネスが滲み出てしまうFaltyDLのチャーミングさとも違えば、Actressのような旧来のエレクトロニカに近いストイシズムとも違う、企図が計り知れないという意味での不気味さは痛快ですらある。