Jay-Z / 4:44

M1はラッパーとしてのペルソナやパブリック・イメージをかなぐり捨てて、リアルなShawn Carterを見せ付けてやるぞという宣言なのだろうが、公共の面前で妻にラップで不貞を詫びるという行為自体がかなりセレブリティぽいし、「Kill Jay Z」というタイトルのセンスが既にかなりださい。
少し穿ち過ぎかも知れないが「Remonade」での
Beyoncéのアーティストとしての大きな飛躍に触発されたであろう事は想像に難くなく、二番煎じの感は否めない。

「To Pimp A Butterfly」の次に「Damn.」みたいな、ある意味で地味な作品を作ってしまうKendrick Lamarの方が遥かにスタイリッシュだし、明確なコーラスは少なく全編を通じて一人のヴァースが続くのも、独白モードを強調する為の工夫なのだろうが、鼻が詰まったような声とルーズなフロウがやっぱり好きになれない人間には寧ろ辛い(好き嫌いだろうとは思うが)。

ピッチを上げたソウルやジャズのヴォーカル・ループがKanye Westのようだと思ったら、全編に渡ってNo I.D.がプロデュースを手掛けており、弟子の本人さえとうの昔に捨象したテクニックの盗用に加えて、パッチワークような歪な繋ぎ目によってサンプリング・ベースである事が執拗なまでに強調されている。
ここまで全面的にサンプリングに依拠したUSヒップホップは本当に久し振りで、トラップの破片も見当たらない(と言うのはM3で高速で連打されるハイハットを聴けば言い過ぎか)。

極度に断片化されたサンプルをランダムに繋ぎ合わせながら、例えばMadlibのようなローファイ感覚とは無縁で、寧ろ流麗と言っても過言ではないムードを産み出す技術の高さには目を見張るものがある。
多彩なドラム・ブレイク等のカットインやトリッキーなピッチシフトやブレーキング等の小技も効いており、新奇さこそ無いが、サンプリングやミックスの根源的な楽しさに溢れていて、Jay-Zが自分自身を曝け出した云々よりも余程Common「Resurrection」以来のNo I.D.の新たな代表作として評価したい。
トラップやアンビエントが一般化する一方でNo I.D.の他にもAlchemistや9th Wonder等、昔ながらのサンプリング・ベースのトラックメイカー/プロデューサーの存在感が増している印象もあり、一方向でないベクトルの多角化サウンドの多様性が現在のUSヒップホップの健全さを象徴しているようにも思える。