Vince Staples / Big Fish Theory

クラウド・ラップとトラップはここ10年のUSヒップホップに於けるエレクトロニクス導入の最たる例だが、Vince Staplesによってヒップホップ・カルチャーとエレクトロニック・ダンス・ミュージック/テクノ・カルチャーの融合は大衆的なレベルで一旦の完成を見たと言えるのではないか。
同じような事は既に10年以上も前にSpank Rock等がやっていたという意見もあろうが、それがBig DadaのようなUKのインディ・レーベルではなくてUSヒップホップの大本山であるDef Jamからリリースされる事にこそ重要性がある。

またそれはKanye WestがDaft Pankをサンプリングした事や、KraftwerkYMOをソースにしたオールドスクール・エレクトロとも本質的に違うものだ。
それらがあくまでネタのチョイスという従来のヒップホップのプロダクションの延長にあるのに対して、本作ではエレクトロニック・ミュージックとラップ・ミュージックとが完全な融合を果たしているという意味で、UKグライムのUSメインストリーム版という言い方が正しいかも知れない。

M5のトラップとアンビエントの混交はSchoolboy Q「Blank Face LP」やKendrick Lamar「Damn.」との共振を感じさせ、この路線は最早新しいスタンダードと呼んで差し支えないように思えもするが、大半のトラックが従来のアメリカン・ヒップホップのフォーミュラを大きく逸脱したものであるのは間違いない。
M1やM8のような2ステップのビート上で矢継ぎ早に繰り出されるファスト・ラップは正にUKガラージ/グライムそのものだし、加えてM4・M10・M11等にはM.I.A.のエレクトロを彷彿とさせるところもあるが、それらがUKのスリランカ移民の女性ではなくアメリカン・アフリカンの男性、要するにヒップホップ文化のパブリック・イメージを掌握する中心的な存在によってコマーシャルなレベルで鳴らされる事にこそ意義がある。

脇を固めるJimmy EdgarやSophie等の先鋭的なプロデューサー/トラックメイカーの名前からは、Low End Theory周辺のシーンが盛り上がり見せていた2000年代後半にFlying Lotus等のトラックにラップを乗せるラッパーの不在を嘆いた頃が懐かしく感じられ、漸く再びラッパーのステイタスがトラックメイカーに追い付いたのだと感慨も深くなる。
(中でもベース・ミュージックの成れの果てのような、トラップの亜種のような、徹底的にスラップスティックで整合性を欠いたSophieのトラックは、Arcaからナルシズムを剥ぎ取って軽薄にしたようでありちょっとした衝撃を受けた。)
その意味でOdd FutureやBlack Hippy等の2000年代以降に現れた新世代のラッパー達の功績は非常に大きかったと言えるだろう。