Björk / Utopia

タイトルはMatthew Barneyとの離縁という地獄のような私生活での経験を反映した前作に対応しているそうで、Arcaとの共同作業や管弦楽器を基調としたコンポジションという面では確かに連続性がある。
前作がストリングスのアルバムだとすると、本作では管楽器、取り分けジャケットで示されているようにフルートが重要な役割を担っており、他にもハープに男女混声コーラス等のクラシカルな音色と、虫の鳴き声や鳥の囀り等のフィールド・レコーディングを用いてBjork流のユートピアのイメージが具現化されている。
確かに前作のようなセンチメントは希薄だが、かと言ってその単語から安易に想像するユーフォリアに満ちている訳でもなく、終盤の数曲を除いては相変わらずメランコリックで、この辺りのギャップには宗教的な背景の違いが横たわっているのかも知れない。

オーケストレーションに単純にArcaのインダストリアル・ビートを乗せただけの印象が強かった前作と較べて、ビートと楽器音と歌はより不可分になっており、単なるビート提供からより密接なコラボレーションへと進展した様子が窺える。
M1のハープとインダストリアル・ノイズの混淆やM8の荒れ狂う獰猛なビートからは「Jòga」のAlec Empireリミックスを思い出すが、全ての要素が混濁したオブスキュアで平面的な音響は如何にもArcaらしい。
(この要素を巧く分解して聴取する事の困難さ・もどかしさこそ、自分がArcaを今一つ好きになれない最大の理由であるのだが。)
ポップ・ソングとしての整合性は希薄で、より抽象性が強まっており、ある種ミュジーク・コンクレート的という点でArcaに通じる、と言うよりも寧ろ積極的にArca色が強まったと言えるかも知れない。

散発的なビートの上でBjörkが歌うメロディは循環を忌避するようにアブストラクトで、ヴォーカルを追っているだけでは曲の全貌はまるで掴めない。
位相の中心に位置する器楽音等に対して、Björkの歌声がその周縁・上下・左右から、それこそ自身も鳥と同じように楽園の住人であるかのように配置されている曲もあるが、元よりその特異な声と癖の強い歌唱は一つの音として容易く聴き流せるものではなく、歌が無い方が余程聴き易いだろうという意味では、歌が一番のポップネスの阻害要因になっているようにも感じられる。

比較的一定のグリッチーなビートのM7や、オーソドックスな歌のメロディと相反する過剰にノイジーなインダストリアル・ビート/破壊音が同居したM8等、安心感がある曲もあるにはあるが、それにしてもBjörk史上最もアンチ・ポップで、エクスペリメンタルで、アヴァンギャルドなアルバムである事は間違いない。
その難解さの質は何処となくFlying Lotus「You're Dead!」に近く、そう言えばあちらのテーマは死後の世界であった事を想起すると、プロテスタント社会に於ける現世ではない世界とはカオティックなイメージと結び付くものなのかも知れない。