Cat Power / Wanderer

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近年は様々なレンジのスタイルを採り入れていた印象があったが、本作では原点回帰を標榜したかのような、全編ギターとピアノによるシンプルなフォーク/ロックを展開している。
とは言え初期の特徴であったパンクの要素は見当たらず、子供が映り込んだジャケットから母としての円熟を表現したのだろうかと思うものの、全く慈愛に満ちただとか、朗らかな様子等は無く、これまでに輪を掛けて倦怠感が滲み出ている。

Lana Del Reyとの新旧サッドコア女王の共演となったM4等は、Feistの2017年作「Pleasure」に近い感覚もあるが、とは言え仲間達と一緒に作ったフレンドリーさとエクレティシズムに満ちていた「Pleasure」に較べてより華美さは無く憂いを帯びていて、そのブルージーモノクロームな色彩は寧ろCarole Kingなんかと並置したくなる。

キーボードやパーカッションにストリングス、管楽器等の装飾音の音色自体はそれなりに多彩だが、装飾音と呼ぶのが憚られる程に慎ましいレベルで、多層的なコーラスやオートチューンによる変調、残響処理も極々さり気無く、ギターとピアノと歌の存在感がアルバム全体を覆っている。
それらのアレンジやエフェクトが無かったとしても恐らく全く印象は変わらないであろうという意味で、完全なフォーク・アルバムだと言える。

本作のある種の地味さは前作の反動と、それが齎したMatadorとの確執を反映しているという事のようで、それだけにより素のChan Marshallによる表現であるのだろう。
フックが乏しい、と言うよりそれを放棄したような佇まいはまるで、日常なんて然程起伏があるものでもないでしょう、とでも言わんばかりであるが、宛ら日常詩のような(それこそ「リアル」な)音楽を有り難がる趣味はまるで無いだけに、今一つ楽しめない。