Autechre / Oversteps

実に捉えどころの無いアルバムだと思う。
ある時は非常にシンプルで聴き易く、ポップな作品であるように聴こえ、またある時は複雑で混沌とした難解な作品にも聴こえる。

この作品のポップさは近年のAutechreサウンドには希薄だった要素、つまりは明確で解り易いメロディとビートにおける間の多さに起因していると思う。
全体を覆う荘厳なメロディが齎す印象は確かにアンビエントという言葉を想起させもする。
但しBrian Enoの定義に沿うならばこれ程無視の出来ないアンビエントも無いだろう。
その意味ではAphex Twinの「Selected Ambient Works」を、Vol.1も2も引っ包めて発展させたような作品にも聴こえる。

しかしながらその表面上のポップネスは、本作を理解する上では余り本質的な要素ではないような気がする。

佐々木敦エレクトロニカの定義として用いた事のある「反復の否定」は、即ちそのままAutechreの音楽を表現した言葉だと言える。
「Anti EP」で彼等が標榜した「反復しないテクノ」というコンセプトこそがエレクトロニカの出発点であるという言い方も可能だろう。

しかし殆どの場合、どれ程複雑に聴こえようとも、テクノ/ハウスミュージックは反復を基調として成立している。
ループをベースにし、そこからの音要素の抜き差しによって展開してゆくのが基本的な構造であり、その点はこれまでのAutechreとて例外ではない。
ただ過剰とも言える要素の多さが齎す構造上の複雑性と、反復の持続性の極端な短さによる認識不可能性こそがAutechreの音楽における「反復の否定」の本質だったように思う。
だからこそサウンドのディティールを把握する事が困難でも、Autechreの音楽の背後には常に厳密性やある種の規則性の存在は感じる事が出来た。

本作のサウンドは確かに断片的には非常にシンプルな構造を持っている。
音数は圧倒的に少な目で、1曲における音のヴァリエーションも決して多くはない。
しかしその展開を注意深く追ってみると、実に流動的でアブストラクトな音楽が姿を現す。
ここでは厳密性や規則性の存在は殆ど感じられず、その展開には(全くAutechreには似つかわしくない言葉ではあるが)「荒唐無稽」や「フリーキー」という表現すら使いたくなる程だ。

これ程フリーフォームなエレクトロニック・ミュージックを、例えば実験性の高いエレクトロ・アコースティック作品としてではなく、あくまでもポップミュージックとして、且つ(踊れるかどうかは別として)ダンスミュージックとして成立させている点において驚異的な作品であり、また次の10年の指針となって然るべき作品だと思う。
(恐らくそうはならないだろうけれども…。)