Pinch & Shackleton / Pinch & Shackleton

本作から聴こえる強靭なサブベースやダブ処理はポスト・ダブステップの潮流の中で捨象されつつある要素だが、かつて頻りにダブステップから距離を置こうとしたShackletonと、逆にシーンへの帰属意識を隠す事無く強調していたPinchとが、2011年に於いてダブへの拘泥という一点で繋がったように見える事には意味深なものを感じずには居られない。

勿論本作は如何なる意味でも良くある原点回帰とは様子が異なっている。
ミニマル等という表現が凡そ似つかわしくない息も付かせぬスリリングな展開や、異様にまでに各音が際立ったミキシングの妙としか言いようの無いクリアで立体的な音像は、「ポスト・」ならぬ「プログレッシヴ・」ダブステップと呼ぶに相応しいものに思える。

元よりShackletonのサウンドが有するアフリカン・パーカッション等の非西洋圏の音色が醸出する面妖な呪術性や、ある種のエレクトロニカを彷彿とさせる不穏な電子音響は、ディストピックどころか殆どホラーで、その強烈な異端性の前では流石のPinchも少々分が悪いようにも思えるが、それでも如何にもブリストル産といった趣のメランコリックな上モノは本作の持つポップネスに確実に一役買っている。

2562の「Unbalance」以来久々に、「拡散」ではなくダブステップの「更新」を感じさせる作品で、2011年の「ダブステップ」を1枚選べと言われれば(言われないけど)「James Blake」ではなく確実にこちらの方を選ぶ。