Julia Holter / Ekstasis

考えてみればアンビエントがここまでポップ・ミュージックに浸透した時代は過去に無かったのでないか。
Brian EnoもClusterもTangerine Dreamも遥か過去で、
The OrbにもThe KLFにも間に合わず、Aphex Twin「Selected Ambient Works Volume II」や
Fennesz「Endless Summer」アンビエントを知った世代にとって、それは何処か飛び道具的或いはスノビッシュなもので、本作のようにアンビエント・ミュージックがフレンドリーな形で内在したポップスの頻出は2010年代に入って顕在化した出来事のように思われる。
Julia HolterJoanna Newsomのようなフリーク・フォーク以降の女性シンガーと近年のUSインディに於けるアンビエント/ドローンの隆盛の交錯点に位置するような存在で、同じ場所にはGrouperやNite JewelやJulianna Barwick等才能に溢れた女性達が居る。

アンビエントの要素に加えて、ティンパニチェンバロ、ストリングス等の多彩な器楽音や宛らオペラのような展開はチェンバー・ポップというタームを思い起こさせるし、細緻なレイヤー処理とは対照的に、シンプルでチープネスさえ感じさせるビート・プロダクションはチルウェイヴ/シンセポップの文脈で受容する事も可能だろう。
時折顔を覗かせるGang Gang Danceを彷彿とさせるような中近東風の旋律等メロディは独創的だが、その発声は至ってフラットで、エキセントリックを気取るようなところは微塵も無い。
IDMエレクトロニカ的な電子ノイズの奥ゆかしい存在感を含め、極めて豊かな教養と知性を感じさせる音楽だが、スノビズムとは無縁で嫌味さも無く、非の打ち所の無いポップ・アルバムだと言っても過言ではない。

「非の打ち所の無いポップ」と書いて思い出したのはTune-Yardsの事で、スタイルも音色も全く異なる2人の女性ソロアーティストに共通項と言えるほどのものは皆無で、唯一恐らく本人達の意図に反して滲み出るインテリジェンスに於いて同質の感覚を呼び覚ます。
しかしながら「Ekstasis」に「Whokill」ほどの高揚感は無く、間違い無く良作であるにも拘わらず、不思議と再生ボタンを押すのを躊躇ってしまうのは、容姿も美しく知識豊富でセンスも良く、ユーモアも忘れずおまけに思慮深い、という誰もが認める完璧な女性に食指が動かない、という感覚に似たものがある。

或いはこれは単純に個人的なフェティシズムでしかないが、どうにも女声のシャウトに否応なく惹かれてしまうところがあり、そう言えば本作を聴く際の不思議と億劫な感覚は、金切り声を上げる事を止めた後のBjörkの作品に対峙する際に抱くアンビバレントな感情に何処か通じる部分がある。
そういう意味ではBjörkが時間を掛けて徐々に失っていったフリーキーさやプリミティヴィティを最初から欠いている、言い換えれば予め完成され洗練され切っているところは、Julia Holterの優秀性であると同時にまた弱みでもあるだろう。