Arca / Mutant

複雑に蠢く電子音響や耳を劈くハーシュノイズ、ブレイクコアのような痙攣的な低音は、例えば一昔前のRichard Devineのエレクトロ・アコースティック等を思い出させる。
1トラックとしての纏まりは希薄で、キックやスネアはリズムを刻む役割よりも寧ろ装飾音やノイズの一種のように存在しており、ビート・ミュージックとしての体裁は捨象されている。
展開は流動的で、厳密な意味でループしないという点で正にエレクトロニカ的で、思い付くまま恣意的に変容する即興作品のようであると同時に、独特の金属的な弦楽器の如き音色も手伝って、ある種のポスト・クラシカル的な感覚もある。

Arcaの音楽の底知れぬ怖さとは、その特異な音色の生成を除いては、まるで音の配置や展開・構成からその意図を窺い知れず、叙情的なメロディに反してそこから一切の作家性や感情を聴き取れない点にある。
もしもこの音楽をコンテンポラリーなミュージック・コンクレートと呼ぶならば、並べて聴くべきはFlying Lotusよりも寧ろOneohtrix Point Neverの方が正しいかも知れないが、だとすると尚更惜しむらくはユーモアの欠如であり、そしてそれは致命的にも感じられる。

有機的な金属音や、機械的でありながら官能的な音響そのものは相当刺激的で、Jesse Kandaが創造する気色の悪いクリーチャーに付けるBGMとしてはこれほど適切なものもないが、奥行きの無い平面的なストラクチャーによって折角の音響は重なり合い、その個性を打ち消し合っている。
情報過多には違い無いが、音色が喚起させるイメージの幅は狭く、イメージを弄ぶことに掛けては天才的なDaniel Lopatinのセンスには遥かに及ばない。
確かに「Xen」の中庸さを乗り越えようとする野心は評価に値するが、どの試みも然したる展開も発展も無いままに尻窄みに終わっているのが痛い。

アルバムは折り返し地点を過ぎると急に音の余白が増え、空間を生かしたストラクティヴなM12やM17等、それなりに面白いビートを創る才能は明らかだし、ハープシコードか変調されたエレクトリック・ギターかの独奏による弦楽みたいなM13や、アンビエントとエレクトロ・アコースティックを組み合わせたかのようなM14等、ユニークな音響やノイズそのものを聴かせるトラックも現れ、それなりに聴き応えもある。
しかし前半の過剰で脈絡の無い音の応酬に耳は疲れ果て、音と対峙しようという意欲や集中力は最早残されておらず…。