Yves Tumor / Heaven To A Tortured Mind

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先ず普通にドラムもギターも聴こえる事に吃驚する。
注意深く聴けば奇妙なノイズも確かに鳴っているがあくまで背景に徹しており、Panからのリリースも坂本龍一のリミックスも一体何だったのか。
Dean Bluntにも通じる如何にもトリックスター的な振る舞いだと思えば納得も出来るが、ポップ・ミュージックとしての完成度の高さに更に驚かされる。

多用されているブラスの音色は成程確かにグラム・ロック的で、クィア・カルチャーとグラムが結び付くのはごく自然な事のようにも思えるし、Perfume Genius等思い当たる節が全く無い訳ではないけれど、考えてみると不思議な程にクィアがポップ・シーンの主役となったこのの10年、大々的にグラムに光が当たる事は無かったように思う(Arcaのグロテスク趣味はどちらかと言うとゴスに近い)。

とは言えギターがそれほど中心的な役割を果たしている訳では無く、主に楽曲を引っ張るのは異様なまでヴォリューム・レベルの大きいベースで、件のブラスはシンセのようなカットアップされたかのような何処かプラスティックな質感で、クリアなベースの音のみが妙にフィジカルなリアリティを持って響く様はメタ・グラムとでも言おうか。
M1のコーラスに於けるブーストの聴いたベース・リフに少しでもディストーション・ギターが入ろうものなら一気にいなたい印象になっていたであろう一方で、M4やM8の何処かPrince っぽいバラードではしっかりと暑苦しい粘着質のギター聴かれ、この辺りの音色のバランス感覚はセンスとしか言いようがない。

Damon Albernを彷彿とさせる軽薄で知性が欠落したような声質も相俟ってブラック・ミュージック感は乏しく、オルタナR&Bとロックの大胆な融合という面ではやはりPrinceを連想させる。
嘗てのPrinceが完全なるオルタナティブであったのと同様に、もしかしたら我々は今2020年代を牽引する才能の開花に立ち会っているのかも知れない。