Beyoncé / Renaissance

まるで良質のハウスDJのミックスを体験しているかのように、何度も何度も繰り返し昂揚感が押し寄せる。
レゲトン風を基調にディスコ調を織り混ぜつつシームレスに進む前半は、M6のディープ・ハウスで最初のピークを迎え、The Cartersを踏襲するようなヒップホップ・ソウルのM7でクールダウンする。
全体としてもダンス・オリエンテッドで、Jessie Ware「What's Your Pleasure?」やRóisín Murphy「Róisín Machine」に通じるような感覚がある。
Beyoncéくらいの存在ともなると、バラードの一曲くらいも無いと怒り出す輩も居そうなものだが徹頭徹尾ダンス・ビートで押し通されている。
それどころかM12でギミック的に用いられているのを除けばトラップのビートすら登場しない。

次のピークは808風のハット音とベース・ラインがNine Inch Nails「Sin」そっくりのエレクトロのM14から繋がるM15のアシッド・ハウス。
産まれ故郷であるアメリカでは完全に無視され、イギリスに革命を齎したこのビートをこれ程ストレートに用いたポップ・スターが未だ嘗て居ただろうか?
EDM以降は事情も変わってはきているのだろうが、嘗てのエレクトロニック・ダンス・ミュージック不毛の地であるアメリカで、しかもその国を代表するポップ・スターであるBeyoncéがこれをやるというのは、ひょっとすると「Lemonade」よりも攻めた作品だと言って良いかも知れない。

しかも(白人の子供の音楽である)下品なEDMを全く参照していないというのも良い。
クレジットにはSkrillexの名前こそあるものの、いつもの事ながら何故かR&B系の作品では全くいなたさを出さないのが逆に憎たらしい。
では何故レゲトンでありディスコ/ハウスなのか?
それはボール・カルチャー = LGBTの音楽だからだ。
滅茶苦茶格好良いではないか。
全く感服するしかない。

唯一比較対象として思い当たるのがヨーロッパのクラブ・ミュージックに目配せしたMadonna「Ray Of Light」だが、大仰な歌が耳障りで、結局テクノ/ハウスのビートを歌に従属させようとしている感じがしてしまいどうしても好きになれなかった。
本作のアプローチは正反対で、寧ろBeyoncéの声がリズム上のフックとして効果的に機能している。
何せまともに歌っていないトラックもあり、「Lemonade」の次にレコード会社のエクゼクティヴが聴いて喜ぶ音楽だとはとても思えない。
Beyoncéがそれだけ大きなクリエイティヴ・コントロールを握っているという証で、ポピュラー音楽史に於ける黒人女性で最もパワーを持った偉大な存在になったと言っても過言ではないのではないだろうか。