Syd / Broken Hearts Club

失恋がテーマという事前情報から、Beck「Sea Change」みたいなアコースティック・アルバムになっていたらどうしようかと恐々としながら聴いたが、極めてドライで冷んやりとした肌理に特徴があった「Fin」より多少ウェットになった嫌いは無くはないけれど、予想していた程の乖離は無く、相変わらず渇いた質感のドラム・マシンの音色による隙間の多いマシニックなビートに安心感を覚える。

M4等で聴かれる最小限の構成要素を効果的に配置する事である種ポリリズミックとも言えるビートを生み出す手腕は流石ビート・メイカー出身ならではで、基本的な構造は至ってシンプルで音色的にも然程変わったところは無いにも拘わらず、ちょっとしたリズム上のアクセントがSyd特有のオリジナリティを生んでいる。

とは言えM3では少しゲート・リヴァーブ風のビートの音響と言い、後半に挿入されるいなたい感じのエレクトリック・ギターと言い、80’s志向がSydにまで及んでいるのがやや意外だし、嘗てなくオーソドックスなソウル臭を纏ったM9は、失恋の痛みを抱えるSydに盟友Kehlaniが優しく寄り添うような、前作には無かったセンチメントも感じさせる。

FKA Twigsのようにアンドロイドとまでは言わないが、血の気が薄いと言うか、感情表現が希薄だったSydのサウンドが人肌の温度に近付いたという感じがする。
悪い言い方をすればより普通になったとも言えるし、「Fin」のクールネスが恋しくないと言えば嘘になるが、勇気あるシフト・チェンジであるのは確かだと思う。