Ryuichi Sakamoto / 12

アンビエントに極めて自覚的だった細野晴臣とは異なり、意識してアンビエントを作った事は無いと豪語してきた(らしい)坂本龍一であるが、M1はAphex Twin「Selected Ambient Works Volume II」に収められていたとしても不自然ではなく、氏の中に湧き起こっている何らかの心境の変化を想像させる。

坂本龍一と言えば「Merry Christmas Mr. Lawrence」でも「The Last Emperor」でもなく、先ず「Technopolis」であり「Riot In Lagos」であり「1000 Knives」である自分にとって、近年の(と言っても10年以上に渡ってだが)坂本龍一の楽曲の有する過剰にメランコリックなメロディには正直言って少し苦手意識があったが、本作のメロディはセンチメンタルではあってもメランコリックではない。

その変化は日記のように日々の記録として録音されたという本作の楽曲の成り立ちと無関係ではないだろう。
原発や戦争や気候変動といったトピックは勿論未だに坂本龍一の頭の中の大部分を占めているに違いないが、本作の楽曲には極めて日常的な質感、温度感が横溢しており、病気で弱った身体を確かめるように緩慢に生活を送る氏の姿が情景として有り有りと目に浮かぶようだ。
そしてその淡々と切り取られた日常の断片に、ほんの僅かに潜む感傷の気配に激しく感情を揺さぶられずには居られない。

本作のリリースとほぼ時を同じくして盟友高橋幸宏が逝ってしまったが、不謹慎だとは思いつつもその後の日々の録音を聴いてみたいという欲求に抗えない。
そして坂本龍一には高橋幸宏の分も長生きして、この日々の記録としての録音を10年でも20年でもライフワークとして続けて、我々リスナーに共有してもらいたい。
氏の全快を心から願って止まない。