Yaeji / With A Hammer

アルバム冒頭を飾るフルートの音色に、まさかチェンバー・ポップかネオ・クラシカルに鞍替えかと一瞬不安が過ったが、オールド・スクール・エレクトロのようなシンプルで快楽指数の高いビートは健在で、すぐさま安心感を覚える。
やはり嶺川貴子に酷似した声色で時折り差し込まれるハングルの響きが空耳の宝庫で単純に楽しい、というのも「What We Drew」と同様。

一方でビートのヴァリエーションはより多彩になり、複雑性も増して確かな成長の跡が認められる。
特にM2のブレイクコアは純粋に格好良い。
M8の微細なハイハット使いやグリッチーな音色はトラップと言うよりもIDMエレクトロニカ的で、M9の脈打つサブベースはジューク/フットワークと同時にハードコア・テクノを彷彿とさせたりもする。

M10ではYMO直系のエキゾティックなシンセの旋律とドラムンベース的な複雑なブレイクビーツを組み合わせたり、M11ではアシッド・ハウスか90’sのUKテクノのようなシンプルなビートに、Yaejiのイメージからは最も遠いディープ・ハウス風の男性ヴォーカルをフィーチャーしたりと、クリシェを巧みに弄ぶセンスも秀逸。 

加えて本作ではダウンテンポやトリップ・ホップ的なビートも目立ち、バラード系となると途端に詰まらなくなるハイパー・ポップとは対照的に、M4やM7等が醸し出す叙情は新たなストロング・ポイントだと言って良いように思える。
ハイパー・ポップからモダン・エレクトロニカ、トリップ・ホップまでを横断し、軽薄さと知性とが等身大で同居しているような在り方や、Charli XCXとLoraine James、Jessy Lanzaとを繋ぐコリアン・アメリカンという稀有な存在感は痛快でしかない。