Wilco / Cousin

16ビートを刻む電子的なクリック音と遠い響きのフィードバック・ノイズに始まり、中盤でシンセ・ブラス風の奇妙な音色が合流するM1には、如何にもCate Le Bonらしいストレンジ・ポップの要素が満載だが、一方Jeff Tweedyのウェッティなメロディもオーソドックスなソング・ストラクチャも相変わらずで、その取って付けたと言うか、簡単に混ざり合わない感じが逆に異物感を助長していて面白い。

Wilcoが外部のプロデューサーを招いたと聞いて「Yankee Hotel Foxtrot」の事を思い出さないファンは居ないだろうが、ここでCate Le Bonが採ったアプローチはJim O'Rourkeのそれとは全く違う。
Jim O'Rourkeは解り易くフリーキーだったりエクストリームな事は絶対にやらないが、Cate Le Bonは特異な音色を使う事を躊躇しない。 

しかしJeff Tweedyとはつくづく不思議な人で、数々のメンバーとの不和や解雇の一方で、平気で自分の息子はバンドのレコーディングに呼び入れるといったエピソードからは、他者に冷徹で自己に甘いエゴイストのイメージが擡げる一方で、自己の才能に対する絶対的な自信は微塵も無く、寧ろ自己疑心の塊のように思える事がある。
自分の中に確固たるアイデアが湧き出て来なければ躊躇う事無く他者を引き込むフットワークの軽さは、アーティストというより優れた経営者のようだ。

と言うとまるで貶しているようだが決してそうではない。
確かにソングライターとしてもシンガーとしてもJeff Tweedyを大して評価している訳ではないが、長きに渡りWilcoが第一線に留まり続ける事が出来ているのは間違いなくそのディレクションの的確さに依るものだ。
90’s出身でこれだけコンスタントにリリースを続け、且つ一定の存在感を保ち続けているアメリカのロック・バンドと言えば、他にはFoo FightersRed Hot Chili Peppersくらいのもので、彼等が大企業だとすればWilcoは中小企業の鏡のような存在だと言えるだろう。
それが一度も途切れる事なく30年近くアクティヴであり続けているというのは本当に稀有な事だと思う。