Speech Debelle / Speech Therapy

ヒップホップは今やアメリカよりもイギリスの方が面白いのではないか。
勿論LAを中心としてアメリカからは相変わらず革新的なビートメイカーが出現しているが、Flying LotusをフックアップしたWarpを例に挙げるまでもなく、その多くはイギリスのレーベルから作品をリリースしている。
アメリカではStones Throwの孤軍奮闘といった印象だ。)

一昔前のBig Dadaは、Roots Manuvaを代表としたオルタナティブなヒップホップレーベルといった印象があった。
しかし今やDiploを筆頭に、Spank Rock、Wiley、そしてAntipop Consortiumと英米問わず魅力的な顔が並ぶこのレーベルは、現在のイギリスのヒップホップの面白さを象徴する存在だと言っても過言ではないだろう。

そのBig DadaがリリースしたSpeech Debelleのデビュー作。
事前情報から勝手に初期The Rootsの女性ラッパー版というような想像をしていたのだが、当たらずとも遠からず、と言った感じ。
2曲目などはそんなジャジーな感覚もあるが、ソウル、R&B、イギリス産ヒップホップならではのレゲエ調など、様々な要素が散りばめられていながら全体としてはフォーキーと言っても良い朴訥とした印象を受ける。

それはごく有り触れていそうでいて実はこれまでのヒップホップに無かった感覚だと思う。
野田努がこの作品をして「 DJ Premier ミーツ Lauryn Hill」と表現していたが、これまた遠からず近からずで、このアルバムの「ありそうで無かった」感じを象徴している気がする。

にしてもSpeech Debelleの表情豊かなラップが素晴らしい。
彼女の声は時に可憐さを、時に切迫感を、また時には無邪気さを湛え、トラックとの調和は実に巧妙だ。
と言うよりもむしろ、ここではトラックに合わせ、ライム、リリックが構成されるのではなく、まずリリック、ライムありきでサウンドメイキングが為されているのではという想像をさせる。
事実かどうかは置いておいて、近年稀にみる「ラップ中心」のヒップホップなのは確かだと思う。

そのアプローチは、現在のヒップホップにおいては明らかに異端で、ラップが主役であるという意味において、Mos Defの「The Ecstatic」と対を為す作品ではないか。

つまりはこれもまたBig Dadaの挑戦的な試みだ、という結論に至るのだが、Speech Debelleはどうやら早くもBig Dadaから離脱したらしい。
理由はマーキュリープライズ受賞後に、本作が品切れ状態になった事によるようで(つまりはレーベルの供給力の無さを批判している訳だが)、幾らチャレンジングなレーベルと言えど、無名の新人のデビュー作にそんなリスクは掛けられないだろう。

きっとメジャーに移るのだろうが、この「ありそうで無かった」感じも形骸化してしまうのかと思うと、実に残念ではある。