Matthew Herbert / One Pig

予想に反してトリロジーの最終作はシリーズ中、延いてはMatthew Herbertのディスコグラフィに於いても、最も実験性が高く、また最もエモーショナルな作品となった。

世に溢れる多種多様な物音や具象音をポップ/ダンス・ミュージックに回収する試みはMatthew Herbertの作家性の根幹であるが、そこには常にビートがあり、本作程にノンビートで素材が提示されるのは初めての事だろう。
驚いたのは主たる素材である豚の鳴き声が、ほぼ然したる加工もされずにそれだと判る形で使用されている事で、そこにはある期間を共に過ごした一匹の豚という、「個人」の声を切り刻む事への抵抗が聴き取れる。

それは当然ながらエモーショナルな印象にも深く関与していて、本作で聴こえるメロディは何時になくセンチメンタルで、M8等はまるで死を目前に控えた豚が歌うエレジーを聴いているかのようだ。

極々普通の人間の感覚からすれば、それは然程理解出来ない事ではないが、Matthew Herbertにも切り刻む事の出来ない音というものが存在するという事実が少し意外でもあり、3部作の果てに現れるのがまさか「人間」Matthew Herbertの姿だとは流石に思いも寄らなかった。