Air / Le Voyage Dans La Lune

Airを好んで聴く人の大多数にとって入り口となったのは、恐らく「Moon Safari」及び「Sexy Boy」なのだろうが、自分が初めてそのサウンドに惹かれたのは映画館の中での出来事だった。
Sofia Coppolaの「The Virgin Suicides」という映画が無ければ今こうしてAirの新作に耳を傾けている事も無かっただろう。
その音楽には、うら若き姉妹達が何となく死を選ぶまでの何となく沈鬱で、けれども何処かしら甘美で夢見心地のデカダンスが余す事無く表現されていた。

Airと映像という組み合わせにはそのような思い入れもあって、随分と久々にそれなりの期待を持って聴いた本作だったが、世界初のSF映画と称されるJean Meliesの「月世界旅行」が題材とあって「The Virgin Suicides」の倦怠感とは程遠い内容になっている。
大仰なティンパニ等のクラシカルな音色とメロトロンのようなレトロなエレクトロニクスの混合が、如何にも100年前のSFといった感を醸し出し、そこはかとなく漂うプログレ臭はむしろ「10 000 Hz Legend」の方に近い印象を受ける。
とは言えその引っ掛かりの無さは相変わらずで、集中的聴取を拒むようでもあるその刺激の乏しさは、ラウンジ・ミュージックまたはイージー・リスニングの極みと言うか何と言うか。

けれどもあの懐かしい「Trainspotting」みたいな粗雑この上無い音楽の使い方を思えば、その引っ掛かりの無さこそが良いサウンド・トラックの条件であるようにも思える。
それは例えばカメラに施された色付きのフィルタの効果のように観る者の無意識の内にほんの少しだけ風景を変える。

そう考えてみると音楽は主役ではないとまでは言わないまでも、随分と前からAirに最早音楽をそれ単体として機能させる事への興味は無いのかも知れず、だとすればその音楽家としては実にシニカルな態度には、Erik SatieBrian Enoのコンセプトを思わせるところもある、というのは流石に単なる妄想だろうか。