Boards Of Canada / Tomorrow's Harvest

これまでの作品にもノスタルジアの裏側に底知れぬ怖さが確かに存在したが、ドローン的な低音やマイナー調の旋律がこれまでに無かったディストピックで荒涼としたヴィジョンを喚起させる。
くぐもったシンセ音に特徴的だったアナログの質感やサンプリングの存在感が薄れる事で、ドリーミーな音像は後退し、悪夢ではない、現実感のある不穏さが立ち現れている。

とは言え8年という年月を思えばそれもごく些細な変化で、レイヤーされたシンセのループとBPM100前後のヒップホップ・ビートのミニマルな展開という基本的な構成に何ら変化は無く、目立って器楽音や歌が導入されているといった音色の変化も特段見当たらない。
共に2013年に大きなトピックとなったMy Bloody Valentineの「MBV」同様に本作が広く受け入れられた事には、結局のところ皆、普遍性を好むのかと辟易とする思いもあるが、それはまたMy Bloody ValentineがそうであるようにBoards Of Canadaの音楽もまた一種の発明である事の表れでもあるだろう。
これが変化そのものが作家性であるような(例えばRadioheadBeckのような)アーティストであれば批判は先ず避けられないだろう。

とは言え「MBV」の幾つかのトラックで新しい試みが聴けたのに対して、Boards Of Canadaの方がより一層進化に興味が無いように思え、音楽の進化や拡張が重要なテーマであったエレクトロニカのシーンに於いて、彼等がAutechreと並ぶ双璧であるように扱われていた事は未だに不思議でならない。
恐らく彼等は最初から一度もその「進化」というオブセッションに拘泥した事は無かっただろうし、むしろタイムレスである事をこそ重視してきたのだとすれば、1998年から2013年の間にあった有象無象を無化するという点に於いて、本作でまたしてもその試みを成功させていると言えるだろう。

その意味でポップ・ミュージック史上のBoards Of Canadaの特異性や重要性は、もしかするとそのサウンドのフォーミュラの発明以上に、エレクトロニック・ミュージックで初めて未来を指向しないという点にこそあったのかも知れず、ポストモダン的な状況を先取りしていたという意味で、1998年の時点で既にポスト・エレクトロニカを図らずも標榜していた、というのは流石に穿ち過ぎだろうか。