Tim Hecker / Love Streams

持続と反復を基調とした初期OPNやEmeraldsの音楽とは異なりエレクトロ・アコースティック的なランダムネスがあり、強烈なグリッチ等のノイズの存在感とアタックや残響への細やかな加工の痕跡からは音響に対する相当な執念を感じさせる。
音そのものがこれほど好奇心を唆る音楽は随分と久し振りで、テン年代以降のアンビエント/ドローンに括るよりも寧ろエレクトロニカ時代の電子音響を出発点とするアーティストである事を再認識した。

メランコリックなメロディの断片が重なり合い生み出す叙情性は確かにOPNやEmeraldsに重なる部分も無くはないが、それよりもFenneszの音楽との近親性を強く感じる。
但しFenneszの場合のギターのように単一の楽器/電子音が主旋律を奏でるのではなく、一つ一つを取れば取り留めの無い多様な音色がランダムに折り重なり複層的なメロディを形成している。

コーラスや器楽音の多用は近年のアンビエント/ドローンのポスト・クラシカル化の傾向と同調するもので、M11のパイプオルガンを思わせるシンセと聖歌のようなコーラスが歪み唸る獰猛なドローンに侵食される様はSunn O)))を想起させたりもする。
しかしデジタル・シンセシズと楽器演奏の境界は判別不可能なまでに曖昧で、コーラスは後一歩のところで歌に発展するのを踏み止まっていて、イメージ以上に単純なカテゴライズを許さない含蓄にも富んでいる。

OPNやEmeraldsがEditions Megoから登場した際には時代の飛躍を感じたものだが、Tim Heckerこそエレクトロニカ時代の電子音響から、ドゥーム・メタルテン年代以降のアンビエント/ドローン、ポスト・クラシカルまでを繋ぐミッシング・リンクと呼ぶに相応しい稀有な存在であろう。
その音楽にはエレクトロニカの敗北を知る者の教訓が確かに刻まれている。