Joanna Newsom / Have One On Me

新しい音楽に殆ど興味が湧かなかった00年代の中頃に、偶然耳に触れ即座に惹かれた作品が二つだけあった。
一つはAnimal Collectiveの「Feels」、そしてもう一枚がJoanna Newsomの1stで、後者はとある洋服屋で耳にして、そのハープの響きとロリータ・ヴォイスが醸し出す異様さが気になって仕方無く、普段は滅多にしない事だが、店員に頼んでその作家の名を教えて貰ったのだった。
その後悉くタイミングを逸し続け、彼女の作品とじっくり対峙する事が出来ないまま時間が経過してしまったが、その間もJim O'RourkeやSteve Albiniとの関係も手伝って、その異様さへの興味を失う事は無かった。

またもや時期を少々逸してしまったが、3枚目にして漸く腰を据えて聴けたJoanna Newsomの作品に、あの洋服屋で出逢った際に感じたフリークネスは微塵も無く、そのオーセンティックなサウンドに最初は拍子抜けしたものの、聴き込んでいく内にその成熟へのネガティヴな印象は雲散霧消していった。
同時に鳴らされる音数は少なく、絵に描いたような派手さも無いし、最新技術が注ぎ込まれている訳でもないどころかエレクトロニクスも皆無であるが、この作品には不思議と「贅を尽くした」という表現が良く似合う。

その印象は一つには登場する楽器の多彩さに起因するもので、ハープやピアノ、ドラムにベースは当然の事、使用楽器はフルートやトランペットにサックスにトロンボーンクラリネットコルネットオーボエにホルンといった管楽器、ヴァイオリンにチェロ、ヴィオラバンジョーマンドリン、ハーディ・ガーディやタンブーラといった弦楽器、更にはオルガンやチェンバロティンパニ等々と、宛らフル・オーケストラのように多岐に渡る。
素材が豊富であればある程一度に全ての音色を詰め込みたくなるものという気がするが、ここでの多彩な音色はハープやピアノの周囲に現れては過ぎて行く通行人の様で、曲によっては殆どワンフレーズしか鳴っていない音さえある。

Joanna Newsomが歌うメロディこそ循環してはいるものの、アレンジメントは刻一刻変化しながら進行し、決して同じ場所には戻って来ない。
考えてみると一般的なポップ・ミュージックにおける
「Aメロ→Bメロ→サビ」といった循環構造は、楽曲の長さとソング・ライティングに掛る時間を最短でイコールだと仮定すれば、原理的に2コーラスから成る3分間の曲を1分半で作曲出来るという意味において非常に合理的且つ経済的な方法論で、本作は正にそのような「水増し」とは対極にある「コストの掛った」音楽であると言える。

ここで言うコストとは多彩な楽器のレンタル代や演奏者に対するギャラやスタジオ代金といった金銭のみならず、ソング・ライティング及びアレンジメント、またその記譜に掛る時間/労働力をも含む。
必ずしもコストの高い音楽が優れた音楽とは限らないのは枚挙に暇が無いし、Madlibが(本人曰く)5分で作ったトラックがエキサイティングであるように、またその逆も然りではあるが、例えば「Loveless」の製作費がCreationを潰し掛けたという逸話が示すように、音楽の質とコストの関係は決して見過ごせるものではない。

低コストの音楽の面白さは偶発性に依拠する部分が大きいと思うが、その最も解り易い例がJohn Cageの「4'33」であろう。
そのコンセプトだけを突き詰めれば極端な話音楽は
純粋なフィールド・レコーディングや機械による自動演奏だけで充分事足りる訳で、本作や「Loveless」の存在は音楽における人間の創造性を肯定し得る希望を与えてくれる。
ところでごく稀にコストが高いにも関わらず偶発性に依拠した音楽というのも成立し得るというのは、正にBoredomsの「77 Drums」が立証しているのではなかろうか。